生ける自然
吉江喬松

 自然を人間の活動する單なる背景、若しくは舞臺とのみ考ふるな、此處に我々の生命の源泉が横はる。我々はその懷の中に住む。
 或時代が來て、人間は自分等の立てた社會組織に不滿を感じ、不平を見出し、缺陷を覺るとき、人々はその立て直しを要求する。その場合に、人は振返つて、自分等の住んでゐる自然の懷をさぐる。そして其處から新たなる生活源泉を求め出す。「自然へ還れ」といふ呼び聲を擧げずには居られない。
 また或時が來て、人々は立て直しを、より自然に近き生活、大地に即したる生活をなしてゐる人々の中に求むる。「民衆の中へ行け」といふのがそれである。けれど、この場合の民衆は、實は大地への棲息者を意味す。かくて、トルストイは、その八十年の生涯を歩みつゞけて、農人の胸の中へ突き入らずにはゐられなかつた。
 ルウソオが「自然に還れ」といふ呼び聲をもつて、瑞西より下つて、佛蘭西の平野を巴里へ出かけた時、既に彼の周圍には目に見えぬ自然力が發動し、清新な山氣は、アルプの方面から首都へ向かつて吹きつけてゐたのであつたらう。ルウソオはたゞその自然の力に一道の表現を與えたのであらう。
 トルストイが農人の胸を求め、大地の隱れた力を求めて、ロシヤの野へ立ち出た時、實は、既に、ロシヤ全體の黒地は、大きなうねりを立てゝ、無言の動波を空中に發散せしめてゐたのであらう。この動波を不知不識の間に彼は身に感じて、その根元へ救ひを求めて行つたのであらう。
 これが具體的な、現實的な表白實現となつて現はれて來るのは、ルウソオの沒後でありトルストイの死後であつたにせよ、自然といふ存在は、その胸の上で跳つてゐる人間等の誤れる生活を、時々立て直さんがために大なる動搖を引き起し、そして、その都度自分の存在を忘れ、若しくは無視してゐる人間等の目を醒まさするのである。そして日頃、自分に忠實に、自分の胸を大切にして働いてゐる人間共を立たして、その社會の立て直しの大切な役目を演ぜさせるのである。この自然の發動に早く氣附く人が豫言的言語をなす。ルウソオがそれであり、トルストイがそれである。
 けれど、この自然力の表露の口と身をなしてゐる人々の言動は、その當代にに於ては、却つて異端者の語の如く、背教者の行動の如くとられ、當代の人々よりは迫害の加へらるゝのが常である。
 常に自然に近く身を置き、常に自然の聲に耳を傾くる者にとつては、即ち斷えず立ち歸つて、己が眞の住み家を見舞ひ、己れを育てる存在の胸を確かめるものにあつては、自然は保護者であらう。けれど、これに背き、これを忘れ、これに遠退つてゐるものにとつては、自然は或る時は無用の飾裝の如く思はれ、また或る時は、それを汚すとも知らずして汚し、そして、不圖氣がつけば、何となく不氣味であり、恐ろしくもあり、復讐でもせられさうであり、おづおづその傍によれば、嚴格であり、冷たく、酷く、即ち 繼母の如く、嘲笑をあびせ、飜弄もし、威壓もするものゝ如く感ぜらる。けれど、その胸に生れ、その懷に育てられたる人間であるが故に、不氣味でも物凄くも、冷たくも、つい縋りつき、まつわらずにはゐられない。即ち一種の誘惡がある。
 近代人が情感の眼を見開いて自然に對して以來、我々は或時は、無邪氣なる幼兒としてその胸に抱かれ、或時は蕩兒の如く、その懷を捨てゝ去り、そしてまた或時は、その叱責を恐れながら近寄り、うかゞへば、以前の温容は俄かに冷たきものと變つて居り、その變貌に驚き恐れ、再び逃げ出さんとすれど、何處まで逃げても逃げられず、常に背後からの追求を感ずる。丁度、雲を起して虚空を縱横に飛び廻つた得意をもつて歸つて來て見れば依然として如來の掌上に載せられてゐた孫悟空の姿のやうなのが人間である。この自然の背反者は逃げて、逃げて、またその背反者等の集つて作る人間社會へ身を隱くすけれど、その背反者の團體そのものが既に崩壞せらるべき運命に際會して、自然の怒りは一擧にして、その團結を投げ倒さずには置かない。――自然は常に慈母でもなければ、繼母でもなく、また常に神の緑の衣をまとうてゐるものでもなければ、同時にいつも醜惡の妖魔でもなく、寧ろいつも不變の嚴父である。過去幾世紀間、我々はこの自然の嚴父に對して、樣々な我儘をして來た。
 同じこの自然の胸上に生れ育つ身でありながら、互に奪ひ合ひをした。唯一つである可き大自然の領域に區別をつけて、この區劃の中を絶對自己のものと考へ、本來の自然の存在を忘れてしまつた。また同じこの自然の懷から生れた身でありながら、その奪合ひの結果互に噛合ひ、殺し合もした。しかも大げさな殺戮までも仕合つた。これも共同の親、自然の存在を無視してゐるからである。その結果は、これ等の自然への背反者の或る團體は倒れた、崩された 。そしてそれに代つて立つたものは、より自然に接して住み、大地に即して住み、その自然の聲をより好く聽いてゐるものでなければならない。若しさうでなければ、この奪い合ひ、この殺し合は果しなく續かなければならぬ。さういふ筈はない。自然の嚴父は、必ず己れに近く、己の命により好く從ふものを立てしめるに違いない。――大戰の中に、また後に生じた人間社會の變動なるものは、この自然の怒り、大地の振興が基調となつてゐなければならぬ筈である。
 何故に人間は、同じ自然の胸の上で、同じ自然が共通に人間に與ふるものを、區別を立て、奪ひ、爭ひ、掴み合ひなぞしてゐる暇に、更に協力して、その自然が與ふる共通の寶の發掘、共通の生命の源泉を切り開くことに心を向けないであらうか。それは皆な自然の存在を忘れてゐるからである。共通嚴父の存在を忘れてゐるからである。アナトオル・フランスは言ふ、「土地、鑛山、水、地球の有ゆる實質、有ゆる力を發掘するためには、人間有ゆる人間、有ゆる人類でなければならぬ。地球の完全なる發掘利用は、白人、黄人、黒人の結合したる働きを要求する」と。これは自然の存在を忘れずして、その胸の上で、協力して力強く働く事である。自然は人間のこの協同の努力をこそ求めてゐるのである。同じ自分の胸に生れた人間どもの協力一致、そして、それが自分の胸に強く喰ひ入つて來る事をこそ自然は求めてゐるのである。それを忘れ、自分を無視し、徒に自分の胸の上で所有を奪ひ合ふ如きに對しては、必ずや自然は嚴しき叱責を加へずにはゐられないのである。
 心すなほに自然の命令に聽け。個人にしてもさうである。團體生活にしてもさうである。我々の五體をめぐる血潮の昇降、流過も、海洋の潮の滿干と調子を通はせ、我々の心臟の鼓動も、空をすぐる空氣の流波と歩を合はせてゐる。心おちつけて、氣を澄まし、よく心眼を見開いて、自然に對し得るものは、本然にして、大きな生活状態に身を置いてゐるのである。その人の生活は固體に限られずして、その背後をめぐる自然の精氣の發露する口となり、その人の生命は、直ちに廣く、遠く伸展して、同時に確固なる基礎に据えられてゐるのである。
 海洋の示す自由を、山岳の藏する永續性を、而して森林 の見する集合の姿を、人間の生活組織に表出することを忘るゝな。自然をたゞ一つの人間生活のデコオルの如く見なす者は、必ずそのデコオルの發動に驚かされて、狼狽を出來たすに異ひない。常に大地の存在を忘るゝな、地に即く文明を持たない國は、空中に築かれたる樓閣よりも崩壞し易い團體である。――自然の存在を忘るゝな。日夜立つる自然の無語の聲に耳傾けて、その命令に從つて組織を改めよ。その聲をして常に人間の中に發露せしめよ、清新にして、自由、協同にし平等、その端的直接な表現が、我々を向上の路にむかはしむるであらう。
 自然に對しては甘へるな、我儘を振舞ふな、怒るゝな、逃ぐるな、端然として立ち、素直に、柔順にこれと面接せよ、神話の時代、宗教の時代、情緒の時代、神經の時代は過ぎて、明智をもつてこれに向ふべき時代に我々は來てゐるのである。

 

底本:吉江喬松『自然美論』(春秋社)大正12年発行

栽培生活
吉江喬松「生ける自然」